仮想の中を生きてきた

脳と仮想 (新潮文庫)

脳と仮想 (新潮文庫)

私が見ている「この赤」が、妻が見ている赤と同じかどうか確かめる術はない。私たちは生まれたときからずっとそういう不確かな世界に生きてきた。そして、何万回も小さなトライアンドエラーをくり返して世界を認識し、コミュニケーションが成立する確立を高めてきた。

この世界は、お互いに絶対的にのぞき込むことのできない心を持った人と人とが行き交う「断絶」の世界である。世界全体を見渡す「神の視点」などない。あるのは、それぞれの人にとっての「個人的世界」だけである。これらの「個人的世界」は、原理的に、絶対的に断絶している。その断絶の壁を越えて、私たちはかろうじてか細い糸を結ぶ。その時、他者の心は、断絶の向こうにかろうじて見える仮想として立ち上がる。 P177

他人が見ている世界を直接見ることは出来ないが、思い描くことは出来る。妻と話す前の私と、話した後の私は違う。彼女の感じ方を知り、少し世界が違って見える。
誰かと触れ合うことでもいい。本を読むことでもいい。それを経験する前と後で自分の心のあり方が大きく変わってしまうような何かを求めていたい。他の人の世界の見え方〈クオリア〉に敏感でいたい。